ティータイム
午後のプロンテラの雑踏には、独特な甘さの孤独感がある。
行き交う冒険者達を、喫茶店のテラス席から眺めるのは静かなものだ。静寂とも安定とも違う、けれども音ひとつ無い感覚。同じ外の空気を共有しているのに、柵ひとつで区切られただけで、こうも居心地が違う。ここだけは、この街をずっと押し流している風のような空気から切り離されている。ともすれば、自分もその街道を歩いてここに来たことや、彼らと同じ冒険者であることを、忘れてしまいそうだった。
いや、恐らく心理の奥深くに、今の一瞬だけそのことを忘れたがっている自分が存在する。
オーフェンはその光景をただ眺めながら、またおもむろにティーカップへと口をつけた。
レモンティーがいつもと変わらない味と匂いを味覚と嗅覚にもたらし、その味と匂いに十分慣れた口と鼻はそれを特別に意識しなくなり、けれども他の何かを脳に伝えられないくらいにはそれに翻弄されつづけている。
周りの雑音は、聞き取れないゆえにその存在は黙殺され、目に映るは街道を行き交う冒険者だけ。
要するに、感覚全部を塞いでしまっているのだ。
頭には何も浮かばない。浮かんでも、現在自分を取り囲む状況とは微塵も関係のないことばかり。そして自分はそれを望んでいる。
(逃避願望の一種かも知れないな)
足を組み替えながらオーフェンは、どこか乖離した思考のまま、自分のことをそう思った。
一度そう考え付くと、組まれた足や腕は、触覚を遮断しているようにもとれるし、通行人を眺めながらも彼らの顔を見ないのは、表情という要らない情報を拒絶しているせいともとれる。
(宜しいとは言い難い)
どこか義務的に自分の思考への結論を出したころ、ちょうどカップの中のレモンティーが無くなった。休憩時間は終わりだ。
テーブルの伝票を掴んで、オーフェンは席を立つ。
さっきまで眺めていただけだったあの雑踏に、また混ざりに行かねばならない。
一日の空いた時間に一度、特に用事が無い限りオーフェンは必ず一人になって飲み物を飲んだ。ギルド仲間からも離れ、いつもの溜まり場からも離れ、見慣れた街のどこかのカフェで、五感全てを動かすことによって塞いだ。それが自分の休息だった。
ギルド幹部としての仕事にやり甲斐を感じていたし、ギルドメンバーとの関係も問題なかった。彼らはサブマスターである自分を慕ってくれている。ほどよい緊張感と、充実した責任感が日々の大半をしめている。
それでも自分は毎日一人で、紅茶かコーヒーを飲んだ。
昼下がりの街は、色々な人間が色々な事情を抱えて道を行く。それを眺めつつ、けれどもどれにも意識は止めず。この時間が無ければ、自分は毎日、周りの人間が自分のことを思っているほど勤勉には働けないだろうという予感がオーフェンにはあった。それはどこか、確信めいたものだった。
自分を囲む環境は嫌いじゃない。むしろ好きなくらいだ。満足している。
今まで自分が選んできたものに、決定的な後悔は無い。その時、その時で、一生懸命――或いは必死に――造り続けてきたものたちだ。
パーティーメンバーを支える、回復支援という役割。
同じ聖職者でも神父の資格は得ず、真っ先に教会を出た。
今のギルドにも、自らの意思で加入した。
仲間を必要とし、また必要とされ、一体この現実の、どこから逃避したいというのだろう。
「ありがとうございましたー」
オーフェンが店のドアを開けると、気配に気づいた店主が後ろから声をかける。
休憩時間は終わったのだ。
些末な個人事情を考えている時間は、オーフェンに無い。
・・・
「やあ、副長。お帰り」
宿に戻るといつもの一角にギルドメンバーが二、三人たむろっていた。その内の一人、ウィザードのアラニスがこちらに気づき声をかけてくる。
返答としてオーフェンが微笑みかえしたと同時に、背を向けてなにやら話し込んでいたハンターが、ぱっとこちらを振り返った。
「おう、お帰り」
前髪まで短く切られた短髪の青髪に、オレンジのレンズが映えるサングラス。ギルドマスター、マシューはいつもどおり快活な笑みでオーフェンを迎えた。
「ただいま」
明るいマシューの口調と比べると少し平坦すぎる抑揚でオーフェンは返事をし、その隣の椅子に腰掛ける。
すると彼がこちらを向いて何故か嬉しそうに言った。
「オレンジの香りがするな」
ああ、とオーフェンはそれに気づき、さっきまでレモンティーを飲んでいたことを説明した。
彼はふーんと満足げに頷いてから、ギルメンたちとの会話へ戻っていった。その話に耳を傾けながら、オーフェンは彼の横顔を眺め見る。
マシューに惹かれるのは、こういう時だ。
無性に愛おしくなる。髪の毛から足の指先まで全部。
なんでもないただの会話だったじゃないか。冷静な自分がそうため息をつく。けれど、そういう些細なことの積み重ねだったように思う。
彼への想いは、長い年月を経て、甘く柔らかいものから、薄く硬い物へと徐々に変化して、オーフェンの心の底辺を覆い塞ぐまでになった。
自分の意識に気づいていないふりをするのにも、ずいぶんと慣れてしまった。
(どうってことない)
思いながらオーフェンはギルドメンバーたちの仕事の会話に加わった。
だって本当に、どうってことない話だ。